Erehwon

徒然なるままに。言の葉を吐き散らしてます。

 

EREHWON No.1 

予期せぬ雨で、彼女の小さな可愛らしい模様の傘が、それ程人通りの多くない通りで開いた。

この雨は予想の範囲外で、身長190cm近くある通称「のっぽさん」な僕は、157cmという日本人にはありがちな背丈の彼女の為にだいぶ身を屈める事になった。
誰かに見られたら面倒なことになるなと思いつつ、仕方なしに彼女の肩を抱き寄せる。めったにしない行為に「そんな優男みたいな事をしやがって」と小さな僕が呟いたので、「濡れるからね」と誰に対してなのか分からない言い訳を声として吐き出した。

「ああ、ラッキーです。だから雨が好きなんです」

悪戯っぽく、少女のように笑って言った彼女の唇に、先程まで感じていた体温は無いように思われた。
女性という生き物は不思議なもので、数分前の逢瀬すら既に過ぎ去った事になっているらしい。
リプレイする残像は、とてつもない妖艶な姿であると言うのに。

「雨だと視界が悪いから人に見られる確率が減るでしょう。普段2人で歩いていたら100%バレるけど、こうして雨が降っていて、傘をさしていたら70%くらい?60%くらいかしら?」

対して疑問にも思っていないのだろう。口にした数字に根拠はまるでなく、センテンスを楽しんでいるだけのようだった。そんないい加減な彼女を愛おしいと思う僕は、これは一時的な感情だと自身に言い聞かせる。

「次は、いつ会えそうですか?」

歩道から空車のタクシーを探していると、いつも別れ際に彼女が口にする言葉が降ってきた。雨脚は一層強くなっている。一刻も早く帰宅しなければ、長年履き続けているお気に入りの革靴が残念な事になるだろう事は容易に想像ができた。

「連絡するよ、すぐだよ」

確信は無かったが、安心と安定の為の嘘は直ぐに出てくる。

「分かりました、待ってますね」

そう小さく呟き、彼女は視線を落とした。嘘だと分かっているのかどうかは判断がつかなかった。

多少雨に濡れながらもタクシーを1台捕まえ、彼女にすぐに乗り込むよう促した。彼女とは帰り道が正反対なので、僕は一緒に乗り込むことは出来ない。すぐに次のタクシーが来るから大丈夫だよ、と言い、彼女に最後の笑顔を向ける。

その刹那、

「これ、どうぞ」

と、まだ折り畳まれていない傘を渡された。

「えっ、でも」

「どこかで捨てても良いですよ。あなたが濡れたら嫌だから。それじゃあ、また」

そう彼女が口早に言うと、タクシーのドアは閉まってしまった。車の中から口角を思い切り上げた太陽の様な笑顔の彼女が手を振る。

走り去ったタクシーを見送り、僕にはおよそ似つかわしく無い小さな傘をぼんやりと眺めた。
これは僕への挑戦状なのだろうか。それとも単なる優しさか。難しい問題は一旦棚上げし、タクシーを捕まえる事に専念しようと思い直す。

傘をつたう雫は、雨で霞んだ都会の夜光にも増して、キラキラと光っていた。

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